2012/01/19

「JIDAI MAP MEETING  東京・愛宕山神社のよもやま話 (第180回 東京散歩・題して“ぶらゴルゴ”?“ゴル散歩”?at愛宕神社♪ part2 より)」

先週のJIDAI MAP MEETINGは、番組始まって以来の初の東京でのおでかけロケの第二弾。愛宕神社から、歴史のあれやこれやをお届けしました。
ロケ風景の写真満載のレポートは、こちらをご覧くださいませ。はじけてますね~(^O^)/

さて、東京の愛宕神社のある愛宕山は、京都市で一番高い愛宕山(標高924m)に対し、標高26m。でも、東京23区内で一番高い山なんだそうです。
そして、どういうわけかここだけポッコリ唐突に山になっていて、昔からその理由について様々に議論されてきました。
その説のなかの一つに、江戸城のお堀を掘った際に出た土を盛ったものではないかというものがありましたが、地質調査の結果、生粋の自然の山ということが証明されたということです。

この愛宕山、今のように高い建造物が乱立していない頃はとても見はらしのよい場所だったようです。江戸時代から明治時代にかけては、眺望◎の雪月花の名所として愛されていたのだとか。 

そんな愛宕山ですが、さまざまな歴史の出来事と関わりがあります。そのなかで、特に印象に残ったものをご紹介いたします。

<井伊直弼を討った水戸浪士集結の場所だった>
万延元年、3月3日。大老・井伊直弼を水戸浪士が討った歴史の教科書でもおなじみの桜田門外の変で、水戸浪士が集結したのはこの愛宕神社だったそうです。浪士たちは神社内の絵馬堂(現存せず)に集結し、祈願してから歩いて桜田門に向かったとか。

<勝海舟、西郷隆盛の会談で・・・>
世界史上の多くの革命が血と犠牲の上で行われたのに対し、勝海舟と西郷隆盛による江戸城の無血開城は世界に誇れる快挙です。 実はこの愛宕山は、無血開城に大きな役割を果たしていたのです。明治元年、3月13日。両人は家康公ゆかりの当山に登り、江戸の町を見渡しました。そして、どちらから言い出すともなく、
「この江戸の町を戦火で焼失させてしまうのはしのびない」と話し、ともに下山したそうです。そしてその後、無血開城の調印が行われたということです。

次回は、大河ドラマもはじまりました!「平清盛の基礎知識」の第一回目をお届けします。ゲストに、イケメン揃い!「神戸・清盛隊」をゲストにお迎えしますので、乞うご期待下さいませ!

2012年01月19日 18:09

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