2011/11/10

「JIDAI MAP MEETING  法隆寺のヒノキ、1300年目の真実 (第170回 聖徳太子 part2 より)」

ここ数日で急に冷え込んできましたね~^^; 日中は半袖でも大丈夫?なくらいだったのに、突如コートの出番となり、なんだかおかしな感じだな~と思ってしまいます。こんなときは、体調も崩しやすいので皆さんお気をつけて下さいね。

さて、先週末のJIDAI MAP MEETINGは、聖徳太子のパート2をお届けしました。聖徳太子がナゼ、憲法十七条や冠位十二階を作ったのか…?その理由について番組では分かりやすくご紹介しました。

そんな聖徳太子の特集ということもあり、当方、聖徳太子関連の書物を手に取ってパラパラパラ…ふと、目についたのが法隆寺の建材についてのお話でした。
先日、ブログで清水寺の建材・欅(ケヤキ)のお話に触れましたが、鎌倉時代以降の社寺建築には通常このが使われていますが、それ以前は檜(ヒノキ)が使われているそうです。

理由は、工具の未発達で檜の二倍の強度のある欅を使うことができなかったためだそうですが、実は1300年の時を経て当初の姿を残す法隆寺にとって、この檜が使われたことがすごく重要な意味を持つそうです。

というのは新材の時点では、欅は檜の二倍の強度があるそうですが、欅の劣化は檜よりも早く、数百年もしないうちに檜以下になってしまうそうです。

ところが、檜は用材となってから100~200年の間は却って強度がパワーアップその後徐々に弱っていくものの1000年たってようやく新材のころの強さにまで戻るそうです。

欅の寿命は清水寺のものでさえ1000年といわれています。
つまり、法隆寺に檜が使われなかったら、1300年間の風雪に建物が持ちこたえることができなかったというわけです。

当時の工人は、もちろん強い欅を使いたかったでしょうが、1000年たって初めて分かることもあるんですね^^;
ちなみに法隆寺の檜、あと700年は持つそうです。見た目は経年疲労があるように見えますが、数ミリ削ると檜特有の香りがするんだとか…木は、今も生き続けているんですね。

来週は、聖徳太子のパート3をお届けします!

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2011/11/04

「JIDAI MAP MEETING  日本にやってきた最初の仏像にまつわるちょっと切ないお話 (第169回 聖徳太子 part1 より)」

10月ラストのJIDAI MAP MEETINGは、古代史のスーパーヒーロー・聖徳太子をクローズアップ!これから4週に渡り、聖徳太子特集ご紹介してまいります。

第一回目の放送内容では、聖徳太子の基礎知識として名前にまつわるあれこれや、聖徳太子最大の功「十七条憲法」と「冠位十二階」は何がきっかけだったのか(何が太子の心に火をつけたのか…)に切り込んでまいりました。

その中から、聖徳太子がそもそも歴史の表舞台に登場するきっかけとなった事件から、こぼれネタを一つご紹介します。

聖徳太子が歴史に登場するきっかけとなったのは「崇仏論争(すうぶつろんそう)」という事件でした。皆さん、歴史の教科書では一度は聞いたことあるのではないでしょうか?(いえ、私はさっぱり忘れていましたが)

この事件は、日本の昔からの神様を信仰する「物部さん」と、中国から伝来した先進国の仏教の受け入れを推進する「蘇我さん」仏教の「排除」と「信仰」をめぐって対立した事件です。単に思想の対決に見えますが、実はこのいさかいの背景には二大豪族間の権力争いがあったといいます。
ちなみに、この時代の仏教は最新のテクノロジーのようなもので、というのも、仏教を受け入れることは先進国(唐/現在の中国)の最新の思想・文化・技術はもちろんその支配システムを取り入れることに繋がったためです。その最新流行を導入しようとしていたのが、大陸との繋がりの強かった蘇我さんで、聖徳太子はもともと蘇我さん一族の血縁者だったわけです。
そんなわけで、太子はその後、蘇我さんと推古天皇とともに冠位十二階や十七条憲法を制定して国政改革に取り組んでいくということなのですね。

仏教は、当時の事情を理解するのにはすごく大切な要素なのです。
ちなみに、そんな仏教に大切な「仏像」の日本初来日の記録を皆さんご存知でしょうか?
それは……実はですね……

なんと「川に捨てられた」のでした;

なぜかというと、崇仏論争で怒り狂った物部さんが、物部さんにとっては邪魔者でしかない日本初来日の仏像を川に捨ててしまったそうです。そんなやり取りをしているうちに、仏像は難波(現・大阪)の堀江(池)にて発見され、その仏像は現在、長野県の善光寺に秘仏として大切に保存されているのだとか(住職さんも目にできないそうです)。この仏像様を模した前立本尊は、7年に一度の公開で、最近は平成21年に開帳されたばかりだそうです。

次回は、聖徳太子のpart2をお届けします。

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