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2011/06/10
「JIDAI MAP MEETING 水無月の偶然&山根さん、茶をふるまう。 (第148回 千利休と戦国時代の茶の湯 その②より)」
さて先週に引き続き、アンガールズの山根さんをゲストにお迎えして「千利休と戦国時代の茶の湯 Part2」をお届けしました。

写真はマイ茶器持参で収録に参加してくださった山根さんが、お茶を入れてくださっているショット。うーん、男性がこんな風にお茶を入れてはるところはなんだか素敵ですね^^
さてさてお茶といえば千利休、千利休といえばお茶・・・お茶といえば、茶菓子ですよね!(ちょっと強引?)
この日、申し合わせたように編集長が持参した茶菓子は、6月の定番和スイーツ「水無月(みなづき)」。一年の折り返し地点である6月に、この半年の罪や穢れをはらい、残りの半年を無病息災で過ごすために食すという、あの三角形で上部表面に小豆がのった、ういろう的な食感の菓子です。
おいしいですよね~♪
水無月について詳しくは過去ブログにございますので、よろしければ下をポチっと↓↓
さて、日本において、「茶菓子」というジャンル(名称?)が出来たのは、茶道という芸術が始まった室町時代にさかのぼります。この頃の茶菓子は、それよりちょっと前に日本に伝えられてきた点心(食事以外にとる軽食、つまりおやつのこと)が日本用にカスタマイズされたものでした。
点心は禅宗とともに、日本のお坊さんたちに受け継がれましたが、そのなかには粽(ちまき)や肉饅頭、羊羹(ようかん/もとは羊肉のあんかけ)など獣肉をつかったものがあったので、お肉を食べられないお坊さんたちがそれを小豆や大豆、小麦などの植物性のもので代用したのです。
そうです、この小豆などを使って代用したことが、現在の小豆を使ったお菓子の源流なのだそうです。
そんな風にして発展してきた日本の菓子は、茶の湯の発展とともに「茶菓子」として重宝されるようになり、そして千利休の登場で「おもてなし」の心を得るのです。
客人・自身が対峙する人に対して、自らの心からのもてなしや、感謝、親愛などの気持ちを伝える。
茶菓子には、そんな意味がこめられているんですね^^
茶の湯、もとい日本文化の素晴らしいところだと思います。
ちなみにこの松岡編集長が持参した「水無月」は、ゴルゴ松本さんの相方のレッド吉田さんのお友達の
「鳴海餅」さんの水無月でした(笑)
いや~、なんか色々繋がってるんですね!!

ちなみに、4年前にアップしたブログの水無月も、偶然にも鳴海餅さんでした…Σ (゚Д゚;)
※鳴海餅…創業明治8年の京の老舗
次回からは2週連続で大人気、真田幸村をクローズアップします。
2011年06月10日 11:58
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