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2011/05/10
「JIDAI MAP MEETING 大阪、その語源に迫る!(第144回 城下町・大阪の始まり物語 その②)」
JIDAI MAP MEETINGは、【大坂城下町ものがたり part2】でした。現在の大阪は、大坂本願寺⇒織田信長⇒豊臣秀吉⇒徳川家康の流れで形作られたんです。いわゆる3英傑が関わっているなんて、本当にすごいですよね。
さて、この大坂の城下町について、意外とみんなが知らないのが、現在の大阪の町はおおむね徳川時代の名残が濃く、豊臣時代の遺構は地中に埋まっちゃってるということ。
というのが、秀吉についで天下を取った家康が、豊臣カラーを消すために秀吉時代の城下町にどさっと土をかぶせて埋め立てて、更地にした上で大坂の町を再度造り直したのです。
そんな大坂城下町にまつわるお話ですが、昔「大阪」は「大坂」と記されていました。
「大坂」の「坂」が「土」偏の「坂」から「さかん(こざと偏をそのように読む)」に変わったわけは、ずばりもともとの坂という字が、「縁起」が悪かったから。
土偏・・・土に帰る、ということですね。そうです、大坂の陣の後、大坂は一度土に返ってしまっていましたよね。
果たして、「土に反る」を嫌い「さかん(こざと偏をそのように読む)に反る」とシャレた現在の「大阪」は、幕末頃に当時の地図などでも見られるようになり、明治元年には政府の公印もこざと偏の「大阪」でつくられ、以降「大阪」が普及し、現在に至るようになったのです。
来週は、ひこにゃんでおなじみ!彦根城にまつわるお話をお届けします。
2011年05月10日 10:20
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