« 「JIDAIMAP MEETING 桜の花びらたちが咲く頃・・・大阪造幣局ものがたり(第138回 長州藩士・ビビる大木卒業記念!幕末・長州トークより)」 | トップページ | 「JIDAI MAP MEETING 本能寺ってどんなお寺だったの?(第140回 “本能寺の変に隠された謎”より)」 »
2011/04/04
「JIDAIMAP MEETING 京都・亀岡と本能寺の変(第139回 本能寺の変 基礎知識)」
いよいよ4月がスタート!
JIDAI MAP MEETINGも、先日のエイプリルフールの日に、ゴルゴ松本さん&えとう窓口さんのニュータッグ(+おなじみ松岡編集長)で見事なる初陣を飾っていただきました。耳を傾けながらで流石・・・と感嘆。テンポの良さ、さらにゴルゴさんの深~いい知識も炸裂!!!今後もとっても楽しみです。
さて、そんな初陣のトークテーマは、NHK大河ドラマ「お江」でも印象的だった、織田信長にまつわる物語「本能寺の変」。二週にわたってお届けする第一週目で、本能寺の変はなぜおこったのか?を信長と明智光秀の関係を軸に迫るというものでした。
さて、本日はそんな本能寺の変にまつわる、京都人が意外と知らない小ネタ。
「本能寺の変は、亀岡(京都府亀岡市)から始まった!」をお届けします。
本能寺の変って亀岡から始まったの!!?そんな風に思われるかたも多いと思いますが、亀岡は本能寺の変にまつわる重要な地なのです。亀岡市にある丹波亀山城は、明智光秀が治めた名城として知られていました。京への入り口を治める要衝中の要衝に位置することからも、光秀がいかに重要なポジションにいたかが分かるというものです。
本能寺がおこったその日――光秀は、秀吉の中国攻めの援軍として参陣する自らの家臣たちを信長に見せるため、京都に行くと家臣たちに嘘の説明をし、1万3千の兵と共に亀山城を出立。
出立する丹波亀山城での城中、光秀はどのような気持ちをめぐらせていたのでしょうか。今は石垣のみのこる城跡に問いただしても、その答えはナゾのままです。
ちなみにこの亀山城には、城下町の名残が随所に残っています。丹波亀山城の天守石垣のほか、光秀が植えたとされる本丸の一角にある大イチョウの大木、堀跡の数々、社寺のほか、信長の4男・羽柴秀勝が建立した信長の供養棟、お寺の壁にある狭間など、当時の面影を探しながら散策すると大変面白いです。
散策には、パンフレット『京都・亀岡城下町散策MAP』が大変!!役立ちますので(新創社作成・編集)ぜひとも現地の観光案内所等でお手にとってご活用ください。
2011年04月04日 17:31
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.jidaimap.jp/mt/mt-tb.cgi/312




















