2011/03/07
「JIDAIMAP MEETING 天下布武と岐阜の地名、その由来 (第135回 戦国時代の基礎知識part2 より)」
戦国時代の基礎知識part2、主役は皆さんご存知、織田信長!
日本各地で戦国武将が割拠し、領土の奪い合いを繰り広げた戦国時代は、革命児・信長の登場で激変していきます。番組では、信長の歩みを中心に、様変わりする戦国時代を紐解いていきます。
信長といえば、彼にまつわる有名なキーワードが「天下布武(てんかふぶ)」。訓読すれば「天下に武を布(し)く」となり、一般的には、「武力を以て天下を取る」と解釈され、天下統一の意志を示すものとされています。信長は、この「天下布武」をもって、破竹の勢いでてっぺんに向けて駆けのぼっていきますが、残念ながら、志半ばで本能寺の変で倒れてしまいます。
今回のブログでは、その「天下布武」についてのマメ知識をご紹介します。
さて、皆様はこの「天下布武」という言葉、どこから使われ始めたかご存知ですか?それは、彼がいよいよ上洛に向けての計画を実行に移し始めた頃。京へ向かう要地の「稲葉山城」(現在の岐阜城)を攻略した「美濃攻め」のときのことでした(義父・斉藤道三の死後、斉藤家と織田家は対立関係になっていた)。稲葉山城を攻略した信長は、同城を「稲葉山」→「岐阜」と改めます。今日の「岐阜」の始まりは、このときにスタートするんですね。
そして、大切なのはナゼ「岐阜」になったか。もともと岐阜以外にも、名前の候補はいくつかあったそうですが、かつて中国の周王朝が「岐山」(ぎざん)というところから発して天下を取ったことにちなんで、「岐阜」が選ばれたそうです。
信長は、この頃から、「天下布武」の朱印を用いるようになり、具体的に天下統一に向けてその歩みを進めていくわけです。
ちなみに、美濃攻めは、講談などでは豊臣秀吉(木下藤吉郎)が出世した戦としても有名なんですよ!
2011年03月07日 15:39
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