2011/03/28

「JIDAIMAP MEETING 桜の花びらたちが咲く頃・・・大阪造幣局ものがたり(第138回 長州藩士・ビビる大木卒業記念!幕末・長州トークより)」

3月・・・いよいよ開花と、桜のつぼみがふくらむこの季節といえば、卒業式のシーズンですよね。われら【JIDAI MAP MEETING】も、先日25日の放送に卒業式を迎えました。約2年半、放送回数にしてなんと138回ビビる大木さん・・・本当に、本当にありがとうございました!!!ビビるさんの最終週のトークテーマは、心の師・吉田松陰先生もおわした長州藩。幕末の動乱期に、その先の日本のために極秘&命懸けで海外に渡った五人の留学生、俗に言う「長州ファイブ」を、熱く熱く語って頂きました。

長州ファイブ、映画にもなっていたので耳にしていた人も多いのではないでしょうか?メンバーは、有名どころでは伊藤博文(後の初代内閣総理大臣)、井上馨(初代外務大臣)、以降は好きな人なら知っていると思われる、井上勝(後の野村弥吉/日本鉄道の父)、遠藤勤助(大阪造幣局長)

関西の人であれば、一番身近なのは最後にご紹介した遠藤勤助。そう、皆さんご存知ですよね?大阪造幣局の「桜の通り抜け」を考案した人です。大阪造幣局の桜の通り抜けが楽しめるのは、毎年4月の中旬ごろの開花時。造幣局構内淀川沿いの全長560メートルの通路が一般に開放されています。

そもそも、造幣局の所在地である大阪市北区天満の旧淀川沿いは、昔から景勝の地として名高く、春は桜、夏は涼み舟、秋は月見など四季折々の風情を楽しめる景勝地でした。とくに桜の季節はすばらしく、対岸が桜ノ宮と呼ばれるゆえんでもあります

近藤局長は、この景勝を職員だけで楽しむのはもったいないと思い、市民と楽しむことを提案したそうです。それは明治16年・・・今から128年も前のことでした。この近藤勤助の鶴の一声から始まった大阪の春の風物詩は、現在も絶える事無く受け継がれ、人々に一時の憩いを与えてくれています。

早咲きの桜が、市内でちらほら見える今日この頃、春の到来はもうすぐです。
毎年めぐってくる桜の開花のように、卒業生・ビビる大木さんが、JIDAI MAP METTINGにまた遊びに来てくださることを楽しみにしつつ・・・。

そして、いよいよ4月1日スタート!お楽しみの新・パーソナリティは、ご存知「ゴルゴ松本さん(TIM)」、「えとう窓口さん(Wエンジン)」でお届けします。
どんな楽しい番組になるのか・・・ぜひとも、ご期待くださいませ!

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2011/03/22

「JIDAIMAP MEETING いつから武士の親分に!!?征夷大将軍について(第137回 戦国時代の基礎知識part4 より)」

先週のJIDAI MAP MEETINGは、戦国時代の基礎知識part4!!最終回は、狸親父?の異名もちらほら・・・「徳川家康」を中心に戦国時代の流れを辿りました。トークの中で家康は「征夷大将軍」になって、実質的な権力者になったとお伝えしましたが、そもそも征夷大将軍とは何者か?を今週のブログではお伝えいたします。

もともと「征夷大将軍」という職名が誕生したのは、奈良時代のこと。坂上田村麻呂・・・と聞けばピーンと来る人もいるのではないでしょうか?(日本史で最初に出てくる相当インパクトのある人名のため)そんなプチ有名人な坂上さんは、当時蝦夷(えみし)と呼ばれていた人々を平定するために朝廷から使わされた大軍のリーダーに抜擢されました。そのポストが「征夷大将軍」というわけです。

さて、この頃はまだ「征夷大将軍」の意味は、「蝦夷を平定する大将軍」。しかし、家康さんの持つ征夷大将軍の意味は、「武門の棟梁(武士の親分)」です。

征夷大将軍」の系譜は、坂上田村麻呂・・・源頼朝・・・足利尊氏・・・そして徳川家康らが有名ですが、武門の棟梁という色合いになったのは(一説では)、ほんのわずかな間だけ「征夷大将軍」になることができた木曽義仲(源義仲)のときなのです。1180年に兵士討伐のために挙兵した木曽義仲は、平家を制圧し、一躍武家の頂点を手に入れます。そんな義仲さんは後白河法皇に圧力をかけて自らを「征夷大将軍」に任命させました。平氏・源氏を押さえる「武士のトップ」です。

しかし、義仲を相当うっとうしく思っていた後白河法皇は、義仲に平氏追討を命じている間に源頼朝と結託して、彼を追い落としてしまいます。そして、頼朝をトップにした源氏が権力を掌握し、頼朝が「征夷大将軍」となり、後に鎌倉幕府を開府するに至るのです。(頼朝が武門の棟梁の始まりという説もあります)

家康の征夷大将軍は、この源氏から始まった「武門の棟梁」としてのポストを継承しているものなのです。

ちなみに、一説では「征夷大将軍は源氏の筋でないとなれない」といわれおります。家康は源氏の系譜を受け継ぐものとして就任を認められたそうですが、ほんとはこれは「家康のガセ」というお話もあるのです。そして、さらに一説では秀吉は「源氏の系譜」とは明らかに違うから、「征夷大将軍」になれなかったとか何とか・・・
このあたりが本当ならば、狸親父の本領発揮といったところなのでしょうか。

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2011/03/14

東北地方太平洋沖地震で被害に遭われた皆様へ

このたびの東北地方太平洋沖地震により、お亡くなりになられた皆様に心よりお悔やみ申し上げるとともに、被災された方々に謹んでお見舞いを申し上げます。

また被災地では、昼夜を問わず救助・救援活動をはじめとする災害対策に尽力されておられる方々に、深く敬意と感謝の意を表します。

今こうしている間にも、不自由な生活を余儀なくされている多くの皆様が、一日も早く普段の生活を取り戻されるよう、私どもも、この国を支える社会の一員として、何ができるかを考え、微力ながら復興の下支えになることが出来ればと考え実施します。

改めて一日も早い復旧と、皆様のご無事をお祈り申し上げます。

                              株式会社 新創社

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