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2010/09/21
【JIDAIMAP MEETINGおさらい】幕末の商人 トーマス・グラバーに迫る
ジョン・万次郎の次にバトンを受け取ったのは、トーマス・グラバーさん。グラバー園、といえば、皆さん結構ご存知でしょうか?そうです、あの長崎の名所は、もともと、このグラバーさんの邸宅だったわけです。
さてさて、そんなグラバー園で有名なグラバーさん、何をしていた人か皆さんご存知でしょうか?後世、彼は「死の商人」とも称されますが、その名の通り、武器も扱う商人でした。実は、グラバーは自身の記録をあまり残したがらない人だったのですが・・・そんな謎に包まれた、グラバーの人生に迫ってみました。
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スコットランドのお坊ちゃま、
ブームに乗る!
まず最初に、簡単に経歴を。生まれはスコットランド。父をイギリス海軍大尉に持ち、龍馬よりも3つ年下のお坊ちゃま。(なんか、もっとオジさまのイメージがあったのですが以外に若かった)
母国では海外で働くことがブームになっており、若きグラバーもその波にしっかと乗りました。最初は中国(清)に上陸、そこで貿易業の経験を積み、やがて日本に転勤。野心(向上心?)あるグラバーさんは、転勤先の日本で独立を果たします。それが、グラバー商会の始まりです。
グラバー商会設立。その失敗と成功
グラバー商会が、最初に着手したのは、日本茶の輸出業でしたが、これが残念な結果に・・・。じゃあ、何で成功を納めたのかというと、これが“武器”でした。折しも、時は幕末。薩英戦争やら、国内のごたごたがアレやコレや起きるとき、やはり必要とされるのは武器。軍需産業です。グラバーさんは、独自の敵味方関係なく商品を売るという「あくまでモノを売る商人」に徹し、成功を収めます。
徳川家にとって私は・・・
“倒幕派の志士達”に、武器や戦艦を販売し、その為、間接的に倒幕運動を進めた人物と言えるグラバーさんですが、自身で「徳川家に反逆した者の中では、私が最も大きな反逆者だ」と称しています。この辺り、複雑なものがあったのでしょうかね・・・。
また、日本の青年達のヨーロッパ留学の手助けをし、自分の財産を彼らの留学資金に充ててサポート。世話好きで、面倒見の良い性格だった事が伺え、彼という人はどんな風だったのかなと興味を持たずにはいられない感じでした。
奥さんを生涯愛しました
因みに、長崎を舞台にしたオペラ「蝶々夫人」・・・この「蝶々夫人」のモデルになったのがグラバーの妻・ツルさんだと言われています。グラバーさんは、オペラとは違い、奥さんのツルさんを生涯愛し続けたようです。ほっ・・・^^
来週は、幕末のプロジェクトX・佐賀藩に迫ります!
2010年09月21日 19:56
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