2010/08/30

【JIDAIMAP MEETINGおさらい】勝海舟先生!part2

8月最終週を迎えましたね。相変わらず、暑いっ;;
そんな真夏の夜のヒストリープログラム、トークテーマは勝海舟part2です。第一週では、青年期の極貧エピソードから、出世の糸口をつかみ取るまでの勝先生サクセスストーリーをお届けしました。

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なんというか、勝先生のエピソード辿りますと、
「チャンスの神様には前髪しかない」という言葉を思い出します。
これは、チャンスをつかみ取るためには、チャンスの神様が自分のほうにトコトコ歩いてきたときに、その前髪をわっしと掴まないといけないということです。つまり、神様が通り過ぎてしまったあとは、掴むことができない。後ろ頭には髪が生えていないために、ツルッもしくは、スカッとなっちゃうというわけです。

さて、勝海舟part2は、そんなチャンス神様の前髪をぐわっし!!!
と掴みあげた勝先生の大立ち回りが素晴らしい、幕末から晩年に注目。

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【龍馬の死に関しては、淡々とした反応…】
先週、ご紹介した海軍操練場で熱き心を通わせあった愛弟子、坂本龍馬の死を知った勝先生…。意外なことに、龍馬の死に対する反応というものは残されておらず、聞き及んだ事件の状況を、“淡々”と書き記しているのみなんです。

【江戸を守った大立ち回り】
江戸城開城のエピソードについて…江戸が戦場になることを恐れた勝先生は、新政府軍の西郷隆盛に会見を申し込み、必死の嘆願。その甲斐もあり、江戸城は一滴の血も流すことなく、新政府軍に明け渡されました。この、世界史的にも大変稀な無血革命を成功させるために、勝さんは何重にも布石を置いていたそう。会談前から、西郷さんに手紙をしたため、切実な思いを伝えるほか、徳川家存続の為に大奥=薩摩藩から嫁いだ天璋院こと篤姫の協力を求めます。このあたりは、篤姫を見ていた方々は、印象的なのではないでしょうか?
篤姫は慶喜と仲が悪かったらしいですが、勝先生は、3日かけて篤姫を説得。篤姫も、自分が徳川と、新政府内での有力藩・薩摩藩とを繋ぐパイプ役であり、徳川家の者として行動すべきだと理解、無血開城に尽力したそうです。

【仲良くお出かけするまでの仲に??】
さて、お話は明治維新後。勝先生は、それまで大奥を出た事が無かった篤姫をしばしばお出かけに連れて行ったそうです。連れて行ったのは高級料亭や歓楽街など。篤姫にとっては見る物全てが珍しく、新鮮なものばかり。篤姫は今まで見た事も触れた事も無かった、浴衣、シャツ、蝙蝠(こうもり)傘を愛用したそうです。

【勝先生と慶喜の不思議な関係】
勝先生と徳川慶喜、この2人はお互い似たもの同志で、共に「いけすかん奴だ」と思いあっていたそうです(笑)。しかし、批判し合っているものの、互いを認め合っているというか…この2人の関係は、なんだか面白くて好きです。260年以上続いた江戸幕府を実質的に終わらせたのは、この2人といってもいいかもしれません。

ちなみに、2人は明治維新後も生き残り、晩年には2人は親戚同士になってます。まっこと、運命とは不思議でときにハッピーなものだなあと感じいる八月の夜なのでした。

2010年08月30日 18:28

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