2010/04/19

【JIDAIMAP MEETINGおさらい】坂本龍馬と女たちpart2 続編/ 龍馬・加尾の切ない恋物語

トークは、龍馬人気にあやかってのグッズ情報からはじまりました。土佐の望月製紙という会社が発売したもので、なになに…「龍馬からの恋文(らぶれたー)」という、えっ・・・トイレットペーパーですか!!?
坂本龍馬からのメッセージを想定した内容がプリントされていて、ぺらーっ~~とめくると・・・
「悩みがあるがか? 何でもゆーたらえいがよ ここには誰もおらんき ほんで 後は水に流したらえいがやき」
ちょっと、ジーン……。トイレで一人ごとが増えそうです!
商品は1コ300円。ネットで購入できるそうですよん(^O^)

さてさて、トークテーマは先週から引き続きの平井加尾さん!

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●謎の龍馬のメッセージ。その後
先週のお話しを少し振り返り…京都の三条家に使えていた加尾さんに、龍馬から「羽織・袴・刀などを用意しておいてくれ」という手紙が届きます。しかし、脱藩後の龍馬はついに彼女の元には現れませんでした。結局、このメッセージの真の目的は、なんだったのでしょう?確かな確証は取れてないそうですが、明治になってから彼女が語った回想録「涙痕録」によれば、再び龍馬に会えなかったことは「女史一生の痛恨」と残しているのだとか。加尾さん、龍馬のことすきやったんやなあ…(・・。)


●お兄ちゃんは、反対だ!
加尾さんのお兄ちゃんといえば、平井収二郎ですが、二人をどう思っていたのでしょうか?それを推し量る手紙が残っています。文久2年3月25日付(龍馬脱藩の翌日)。
龍馬が脱藩したことを告げ、加尾に「きっと京都のお前のもとへ行くだろうが、どのようなことを相談されても、決して承知してはならない」。さらに「龍馬は人物なれども書物を読まぬ」ため、時としてまちがえることもあるからだ」と書かれているそう。
好青年だが無学なため、正しい判断力に欠ける、と収二郎は龍馬を評しているそうです。なんだか、こういう書簡など、ものすごく生々しいと個人的には思うのですが、本当にみんな実在したんだなあと、人の存在感とか体温的なものをひしひしと感じてしまいます。

●兄の死、そして加尾のその後
お話は吉田東洋の惨殺、兄・収二郎も加わる土佐勤王党の右肩あがりの勢力拡大、そして兄の死と、まるでジェットコースターのように、どんどんどんどんと迫っていきます。

攘夷が進まないことに焦りを感じ、収二郎は「青蓮院宮令旨(しょうれんいんのみやりょうじ)事件」を起こします。そして、藩主の山内容堂に越権行為だと激怒され切腹を申し伝えられ、収二郎は自刃。龍馬がこのことを知ったのは、切腹から約20日後のことでした。

収二郎の事件を知った龍馬は、乙女に宛て、
「平井の収二郎は誠にむごいむごい。妹・加尾のなげき、いかばかりか」と記しているといいます。結局、加尾さんは兄・収二郎が亡くなった3年後29歳の時に結婚。4歳年上の姉さん女房だったそう。

龍馬とは結ばれることはありませんでしたが、子供にも恵まれて72歳まで生きたそうです。
なんだか少しホッとしました(^^;)

ちなみに、加尾の遺品には、龍馬の直筆と思われる寄せ書きに加尾が恋の和歌を縫い合わせた「坂本龍馬等寄せ書き胴掛」が見つかっているそうです。

2010年04月19日 20:56

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