2009/11/25

【JIDAIMAP MEETINGおさらい】日本のモースト・ポピュラー・仏像=奈良の大仏さんのあれやこれやに迫る!

古代史ピックアップの11月、2番手のテーマは “奈良の大仏さん”!
一度は、修学旅行などでお会いになられた方も多いのではないでしょうか?
日本国民にとってはある意味もっともポピュラーともいえる? 
この大仏さんにまつわるあれやこれやを熱く語りました。

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そもそも、なぜ造られたの?
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気になりますよね。なぜに、あんなに巨大な大仏が造られたのか。高さ、約15m!
一言でいうと、仏法の力で、世の災いを鎮めよう・・・・・・ということなんですけど、奈良の大仏は、先週紹介した聖徳太子の時代からおよそ100年後の聖武天皇の時代=奈良時代に造られました。
クライアント兼プロデューサーは聖武天皇。
この頃は暗い事件や災害が頻発し、大地震、干ばつ、農作物は不作。天然痘も広まり、多くの人が亡くなりました。
737年、政治の実権を握っていた藤原家の4兄弟までが天然痘で世を去るという・・・・・・そういう背景があるわけですが、そんな時代の舵取りを任せられた聖武天皇は、大仏造営の前に、なんと都である平城京を脱出いたします。

ええっ!?? そんなご時勢に脱 出 で す か (;゚Д゚)

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自分探し?5年にわたる天皇と都の放浪物語
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その理由は、色々とあるようなんですが、結論は謎!とされています。
身内の反逆などを恐れたのではないかという説も.。
その道程は、まずは伊勢へ。
ここから約5年にわたるロ~ング、ロ~ング、ロ~ングジャーニーが始まります。
まずは手始めに恭仁京遷都(京都府木津川市)→紫香楽宮(しがらきのみや)(滋賀/現在の狸の置物で有名な信楽)→難波宮(なにわのみや)(大阪)→紫香楽宮と各地に都を造営しては転々したのち、ようやく平城京へご帰還。

ちぎっては投げ、ちぎっては投げ・・・・・・

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そして、奈良の大仏さまができるまで
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自分探しの旅の最中、どうして大仏を造営することを思いついたのでしょうか・・・?
そのきっかけは、難波に出かけられた時に河内国にある“知識寺(ちしきじ)”を訪れそこで本尊の“盧舎那仏”を見たことらしいです。寺名の“知識”とは寺院や仏像を造るときに、お金を寄付したり労働するなどすることで“盧舎那仏”は地域の豪族や名もない民衆が自発的に資材や労力を提供、協力して造ったもの。

「こ、これであるぞ!・・・・・・∑(o'д'o)ハ-ッ!!」

いたく感銘を受けた聖武天皇は自ら呼びかけ人となり、国家規模の巨大な“盧舎那仏”を造ることを決意!

古代のプロジェクトX、始動です!ちゃ~らちゃっちゃっらちゃ~らら~~(地上の星)

ちなみに当初の計画では、大仏は奈良でなく紫香楽宮 甲賀寺に座す予定だったそう。
「天皇の権力を行使せずあくまで民衆の自発性、信仰心によって大仏を完成させ国家を安定させようと考えたのではないでしょうか」・・・と編集長のコメントでした。

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カリスマ僧侶・行基、登場!
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しかし、どんな風にして民衆の協力を得たのか?
登場したのが、民衆のカリスマ的存在の僧侶 行基(ぎょうき)。
庶民のスーパースター・行基は天皇の自発的に造営参加を求める姿勢に共感し自身の門下を率いて寄進を募ります。
もともと行基は朝廷の許可を得ずに勝手に出家しちゃった私度僧で、むしろ朝廷にとっては規律を乱すなんとも困った存在だったのですが、聖武天皇は、行基が持っていた土木技術や民衆の組織力を、大仏建立に役立てようと大抜擢。
目的が一致した結果、互いに手を取り合ったというわけです。

造営を発表した約1ヶ月後には、骨組が建てられたものの、年あけに山火事が頻発。地震まで発生。翌年になってもおさまらず、ここに紫香楽での大仏造立工事は中止。平城遷都を決意したそうな・・・。

☆本日のMAPコーナー☆

東大寺
改めて、もう一度奈良の大仏を見に行きましょう!!と言うことで、奈良の大仏さまが鎮座する東大寺をクローズアップ。奈良時代以降、2度の焼失にあい、鎌倉と江戸時代に再建された大仏さまを見ることができます。門前にはおなじみ、鹿君たちもたくさんいますよ!

奈良市雑司町406-1

2009年11月25日 11:22

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