2009/11/26

本日11月26日は“いい風呂”の日!日本のお風呂の起源に迫ります

こんにちは、時代MAP編集部の山脇です。
突然ですが、今日は、お風呂の日です。
11月26日・・・11(いい)26(ふろ)。日本浴用剤工業会が制定したそうです。
う~ん、ウマい!(笑)

せっかくのなんか楽しい記念日なので、お風呂の歴史などをご紹介したいと思います。

今、お風呂といえば、たっぷりの湯船にざぶんと浸かり、
『ふぃ~極楽極楽!』というものを想像しますよね?

でも、ほんっとに大昔の、それこそ“発祥”のころのお風呂は現在とは全く違ったものでした。

日本で“お風呂に入る”という行為が始まったのは、今からおよそ1300年も前の8世紀頃のこと。はい、11月放送のJIDAIMAP MEETINGでトークテーマにしている古代・奈良時代のことです

当時のお風呂は、密閉した室に焼き石などを用い、蒸気を篭らせるいわば“蒸し風呂”のようなものだったとのこと。
今でいうところのサウナみたいなものでしょうか?

仏教の渡来とともに日本に伝わったという説があり、単に心身を清めるという意味だけではなく、もっと精神的な・・・・・・禊だとか、浄化するという意識があったそうです。
気分が癒されて、すっきりした気持ちになる♪ 
確かに・・・・・・・なんとなく、仏教用語の『極楽』にも通じるものやなあと妙に納得してしまいました。

ちなみに、どんな風にして広がったかというと、仏教を広めるために、大寺院が寺に入浴施設を建て、一般庶民に入浴の機会を与えたそうです。

さてさて、そんな大昔のお風呂ですが、国の重要有形民俗文化財に登録されている史跡があることをご存知ですか?
それはどこかというと、奈良にある法華寺という大変な古刹で、光明皇后が 総国分尼寺として建立しました。光明皇后は、現在放送中のJIDAIMAP MEETINGの“大仏”の回で主演?で登場している聖武天皇の奥さんです。
日本史上の中の皇后のなかでもっとも慈悲深く、一説では大変な美貌の持ち主だったそうです。
そんな皇后が、多くの貧しい人や難病者を救済するために建てたのが、この“から風呂”。薬草を煎じた蒸気を用いたものだったそうです。

建物は室町後期に改築されたものらしく、一部には奈良時代の敷石が残っているそうです。

ちなみに、湯船にざぶん!なお風呂は江戸時代中期以降に始まったそうです。
温泉は、(湯治目的)奈良時代からあったそうなんで、なんと、かの聖徳太子も温泉旅行に行っているのだとか・・・・・・。

また、機会があればこの辺りのこともご紹介しますね。

今宵も寒くなります。
ぬくぬくのお風呂でゆ~っくりあったまって、今日の疲れをリフレッシュさせてくださいね(^^)


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2009/11/25

【JIDAIMAP MEETINGおさらい】日本のモースト・ポピュラー・仏像=奈良の大仏さんのあれやこれやに迫る!

古代史ピックアップの11月、2番手のテーマは “奈良の大仏さん”!
一度は、修学旅行などでお会いになられた方も多いのではないでしょうか?
日本国民にとってはある意味もっともポピュラーともいえる? 
この大仏さんにまつわるあれやこれやを熱く語りました。

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そもそも、なぜ造られたの?
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気になりますよね。なぜに、あんなに巨大な大仏が造られたのか。高さ、約15m!
一言でいうと、仏法の力で、世の災いを鎮めよう・・・・・・ということなんですけど、奈良の大仏は、先週紹介した聖徳太子の時代からおよそ100年後の聖武天皇の時代=奈良時代に造られました。
クライアント兼プロデューサーは聖武天皇。
この頃は暗い事件や災害が頻発し、大地震、干ばつ、農作物は不作。天然痘も広まり、多くの人が亡くなりました。
737年、政治の実権を握っていた藤原家の4兄弟までが天然痘で世を去るという・・・・・・そういう背景があるわけですが、そんな時代の舵取りを任せられた聖武天皇は、大仏造営の前に、なんと都である平城京を脱出いたします。

ええっ!?? そんなご時勢に脱 出 で す か (;゚Д゚)

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自分探し?5年にわたる天皇と都の放浪物語
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その理由は、色々とあるようなんですが、結論は謎!とされています。
身内の反逆などを恐れたのではないかという説も.。
その道程は、まずは伊勢へ。
ここから約5年にわたるロ~ング、ロ~ング、ロ~ングジャーニーが始まります。
まずは手始めに恭仁京遷都(京都府木津川市)→紫香楽宮(しがらきのみや)(滋賀/現在の狸の置物で有名な信楽)→難波宮(なにわのみや)(大阪)→紫香楽宮と各地に都を造営しては転々したのち、ようやく平城京へご帰還。

ちぎっては投げ、ちぎっては投げ・・・・・・

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そして、奈良の大仏さまができるまで
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自分探しの旅の最中、どうして大仏を造営することを思いついたのでしょうか・・・?
そのきっかけは、難波に出かけられた時に河内国にある“知識寺(ちしきじ)”を訪れそこで本尊の“盧舎那仏”を見たことらしいです。寺名の“知識”とは寺院や仏像を造るときに、お金を寄付したり労働するなどすることで“盧舎那仏”は地域の豪族や名もない民衆が自発的に資材や労力を提供、協力して造ったもの。

「こ、これであるぞ!・・・・・・∑(o'д'o)ハ-ッ!!」

いたく感銘を受けた聖武天皇は自ら呼びかけ人となり、国家規模の巨大な“盧舎那仏”を造ることを決意!

古代のプロジェクトX、始動です!ちゃ~らちゃっちゃっらちゃ~らら~~(地上の星)

ちなみに当初の計画では、大仏は奈良でなく紫香楽宮 甲賀寺に座す予定だったそう。
「天皇の権力を行使せずあくまで民衆の自発性、信仰心によって大仏を完成させ国家を安定させようと考えたのではないでしょうか」・・・と編集長のコメントでした。

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カリスマ僧侶・行基、登場!
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しかし、どんな風にして民衆の協力を得たのか?
登場したのが、民衆のカリスマ的存在の僧侶 行基(ぎょうき)。
庶民のスーパースター・行基は天皇の自発的に造営参加を求める姿勢に共感し自身の門下を率いて寄進を募ります。
もともと行基は朝廷の許可を得ずに勝手に出家しちゃった私度僧で、むしろ朝廷にとっては規律を乱すなんとも困った存在だったのですが、聖武天皇は、行基が持っていた土木技術や民衆の組織力を、大仏建立に役立てようと大抜擢。
目的が一致した結果、互いに手を取り合ったというわけです。

造営を発表した約1ヶ月後には、骨組が建てられたものの、年あけに山火事が頻発。地震まで発生。翌年になってもおさまらず、ここに紫香楽での大仏造立工事は中止。平城遷都を決意したそうな・・・。

☆本日のMAPコーナー☆

東大寺
改めて、もう一度奈良の大仏を見に行きましょう!!と言うことで、奈良の大仏さまが鎮座する東大寺をクローズアップ。奈良時代以降、2度の焼失にあい、鎌倉と江戸時代に再建された大仏さまを見ることができます。門前にはおなじみ、鹿君たちもたくさんいますよ!

奈良市雑司町406-1

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2009/11/19

錦色の京都を訪ねました~東福寺・通天橋の紅葉~


東福寺『臥雲橋』から見る錦秋の東山。向こうに見えるのは『通天橋』

めっきり、寒くなりましたね。
いよいよ、京都は紅葉の見ごろ到来です。
真っ赤なモミジもいいけれど、個人的には
赤・黄・緑・・・錦のように、いろんな色が織り成された
紅葉のほうが、自然の神秘を感じて好きです。
先週末、やけに自然に触れたい・・・と思い、訪れたのは
京都五山の一角を担う、東山の山裾に広大な寺域が広がる超名刹・東福寺

とにかく、広いです。そして、マイナスイオンが豊富(笑)




仏殿から開山堂(常楽庵)に至るまでには、洗玉澗(せんぎょくかん)と呼ばれる渓谷があり、そこには通天橋と呼ばれる橋廊が架けられています。

室町時代に、同寺の高僧・春屋妙葩(しゅんおくみょうは)が、
層たちの谷を渡る労苦をなくすために、架けたと伝えられます。
歩廊入口にはお寺の開山の祖・聖一国師の筆になる「通天橋」の扁額が。
ちなみに、同寺の紅葉は「通天(つうてん)もみじ」と呼ばれ、そのルーツは、この聖一国師にまで遡ります。
紅葉の葉が三つに分かれる独特の形をしており、聖一国師が修行先の宋・杭州から持ち帰ったものだそうです。この聖一国師はとにかく色々とすごい人で、高僧に対して皇帝(朝廷)から贈られる諡号の1つである“国師”を、日本で最初に授かった人なんだそう。

さてさて、紅葉のほうですが・・・。
以前、モダンな京都の名品案内で寺務長の永井慶洲さんがおっしゃっていたように、その日の通天もみじも色とりどり鮮やかな錦の彩りで、力強い生命力に満ち溢れていました。

ピークは今週末の三連休辺りですが、すでに先週末の開門時からで、大勢の人だかり(笑)
いつもより30分も早く開けられているんですけどね(^^;)

とにかく、ほんときれいで自然のパワーをもらえることは間違いなしです。
ぜひぜひ、皆さんも一度ご覧になられてはいかがでしょう?

ただし、この週末に行かれることは相当の覚悟の上で行かれることをオススメします・・・・・・。((;゜Д゜;;))

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