2009/10/26

【JIDAIMAP MEETINGおさらい】幕末・維新の基礎知識Part④ 散る徳川幕府

今月のテーマ、幕末維新の基礎知識もいよいよ大詰めになってまいりました。
開国による混乱が渦巻く中、徳川幕府にこの国の舵取りを任せておけないっ・・・・・・!
ついに、薩摩と長州を中心に、世は“倒幕”の大激流に。
ご存知、坂本龍馬&中岡慎太郎がお膳立てした薩摩・長州藩の協調で、いよいよ国は大きく変革・・・・・・。
“大政奉還”“王政復古の大号令”徳川幕府の終焉に迫りました。

幕府終焉のプレリュード
第二次長州征討

倒幕の火蓋を切ったのは、高杉晋作を筆頭とする長州藩。幕府に猛烈に反抗します。
これに対し、「ムッキ~~!!! ヽ(`⌒´♯)ノ」となった江戸幕府は、長州に2度目のお仕置き部隊・・・・・・もとい、征伐軍を送ることを決断。

さてはて、10万もの大軍勢で牙を向く幕府でしたが、結果は予想に反して大敗北
実は幕府側は、前回の出兵による負担が大きく、
多くの大名が「マジ勘弁・・・・・・」てな感じ? に消極的。
長州藩は薩摩から入手した最新洋式銃を携え、動きやすい軽装で待ち受け、士気・軍備ともに劣る幕府軍は苦戦。そんな戦争の最中、幕府14代将軍・徳川家茂が病死。
幕府の大敗は決定的になりました。
そしてご存知、最後の将軍・徳川慶喜(よしのぶ)が第15代将軍に就任したというわけです。

幕府の力が衰える中、ついについに、土佐藩は、大政奉還=徳川幕府が政権を朝廷に返上するように意見。
1867年10月14日・・・・・・約265年間続いた徳川幕府の時代が終わりを迎えました。


原型は坂本龍馬。大政奉還に迫る!

政権を朝廷に返上する・・・・・・ご存知、大政奉還です。これは京都の二条城で決断されました。原型は坂本龍馬の新政権構想にありました。その名も「船中八策(せんちゅうはっさく)」。流血を避け、なおかつ政権返上後も徳川の権力が、ある程度、維持できると考えたものでした。

では、その政策の内容というと・・・

①政権を朝廷に返上せよ(大政奉還の提案)
②上下院の議会を設け、議員の討論ですべてを決定せよ(議会の設置)
③あらゆる層から有能な人材を集めよ(人材の登用)等々

朝廷を中心とした新国家体制というわけです。
ちなみに……坂本龍馬は、大政奉還の約1ヵ月後、盟友・中岡慎太郎とともに京都の近江屋で斬殺
高杉晋作から譲られたピストルを使う間もないほど、突然の襲撃だったそうです。

さて、やむなく政権返還を決意した幕府でしたが、真の狙いは「天皇を頂点とする日本の中で徳川家が最大の大名として力をふるうこと」で、まだまだ政治の実権を握るつもりだったらしいです。

さすが、家康のDNAを次ぐだけ有り、たくましい限りですね。

「徳川幕府の終焉」を決定付けた、
王政復古の大号令

「大政奉還」で徳川は政権を朝廷に返すものの、実際は徳川が実権を握ったまま(・・;)
つーか、何も変わっていないじゃん!
と面白くない薩摩藩や長州藩。武力に訴えても、徳川氏を新政権から追いだそうと画策し、クーデターを敢行!
結果、明治天皇が「王政復古の大号令」を発令=徳川幕府の政治制度を廃止し、朝廷による新政府の組織を宣言。徳川慶喜の大政奉還と将軍辞職を認めて、幕府を廃止しました。

しか~~し!!
納得のいかない徳川家VS徳川家をトコトン叩いておきたい新政府軍は、「鳥羽伏見の戦い」の戦いをきっかけに、「戊辰戦争」に突入。
新政府軍の勝利。約260年間続いた江戸幕府はついに幕を閉じたと・・・・・・・

さて、駆け足で「幕末維新」の流れを見てきました今月のミーティング。
なななんと、まだまだオマケがあります!

来週は、なんと「やるせなす」の石井さんがスペシャルゲストとして登場!お題は、モチロン幕末時代!
請う、ご期待です(^^)

2009年10月26日 21:34

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