2009/10/14
【JIDAIMAP MEETINGおさらい】幕末・維新の基礎知識Part② 幕末事件簿
先週に引き続き、大好評の『幕末維新の基礎知識Part2』!!!
お題は、開国後に起こった幕末事件簿です。
>>Chapter1 気になる『尊王攘夷』とは何ぞや? そのきっかけは?
諸外国の圧力による、半ば強制的な開国でなすがままの日本。 そして時の大老・井伊直弼が結んだ通商条約は、諸藩からケンケンゴウゴウの大非難が勃発し、『尊王攘夷』思想がヒートアップ!!!
えらいことです、ニ ッ ポ ン!!!∑(・д・ノ)ノ
そもそも、尊王攘夷とは、なんぞやねん!?? 意外と、端的に説明できないクエスチョンから始まりました。尊王攘夷=「尊王」と「攘夷」はそもそも別々の思想で
◎尊王=社会秩序を維持するために、日本の統治者である天皇を尊ぶべきだという考え方
◎攘夷=ごく簡単にいうと、外国人を排除すべき!という、今から考えるとちょっと過激な思想
この2つの思想が、がっつりミックスされ、誕生したのがズバリ「尊王攘夷論」。
何でひっついちゃったの?その流れを簡単にご説明しますと・・・
①ペリーさんが強引に開国を要求したことで、外国人への反発・・・「攘夷論」が高まり
②そこに幕府が天皇の許しを得ることなく、日米修好通商条約を締結したことで「尊王論」がヒートアップ
そしてめでたくマリッジ(?)☆とわけです。
「元々鎖国自体、幕府が独断でやったことですから、開国に異論が出るのは、幕府権力の弱体化を示しているんですね」 松岡編集長、いつもながら端的な〆めのお言葉です!
>>Chapter2 尊皇攘夷派への大弾圧・粛清「安政の大獄」
さてさて、そんな反発の気運を、権力をもって抑えようとしたのが、井伊直弼。尊王攘夷派を一掃しようと、大弾圧「安政の大獄」を断行・・・。蟄居・謹慎、はては切腹・死罪・・・・・・。なんと、死罪8名、獄死・自殺者10名を出すという凄惨な事態に・・・・・・
ビビるさんがお慕いする、吉田松陰先生も、この弾圧事件により命を落とされてしまいます(><。。。)
Chapter3>>大逆襲!桜田門外の変
安政の大獄で、反幕の気運は急降下すると思いきや・・・・・・逆に、ますますヒートアップ。そりゃ、皆さん黙ってませんわな。ついには、水戸藩・薩摩藩の藩士たちが井伊直弼の暗殺を決意。江戸城に登城する(つまり出勤ですね)井伊大老を、襲撃!井伊直弼は首を討たれ死亡してしまいます。幕府の重臣・・・今で言う、総理大臣が白昼に暗殺されるというこのショッキングなニュースは、世間を騒がせ、幕府の権威はますます失墜・・・。
ちなみに、この事件で凶器の一つに使われたピストルは、なんとペリーが来航したときに幕府に贈呈されたものを模倣して作られたものだとか!!
この事件を皮切りに、尊王攘夷運動はますます活発化。「尊王攘夷論」が、反幕府派のスローガンにまでなります。ラジオでは、その後の、
▼新選組の誕生
▼皇族・和宮親子内親王と、第十四代・徳川家茂との結婚による「公武合体」政策
▼8・18の政変
▼池田屋事件
▼禁門の変
・・・・・・・など、皆さま、一度は聞いたことがある事件満載の、大混乱の事件簿トークに突入していきました。さまざまな思いが交差し、大きなうねりはいったいどこへ行くのか・・・。次週も、引き続き幕末・維新の基礎知識をお届けします。
必聴です!!!
2009年10月14日 10:18
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