2009/09/28
【JIDAI MAP MEETINGおさらい】汗と涙の名古屋城築城ストーリー
9月の最終週は、クローズアップ名古屋城Part2!
「汗と涙の名古屋城築城物語」をお届けしました。
築城に関わった諸大名たちの物語にグイグイっ!と迫ります。
>>築城のキャスト
そして、恐怖の“天下普請”とは・・・?
築城に関わる一切の土木作業(堀や石垣の構築)を、配下の諸大名たちに無報酬で手伝わせる――この、任じられたほうはある意味、
「超ガッカリ・・・・・・」
な取り組みを天下普請といいます。江戸時代のジャイアン様。豊臣支配下の時代には、お城を作れなかった家康は、天下をとった後、旧豊臣方の家臣を動員して築城に携わらせたそうです。
ちなみに、キャストは以下のような方々が名を連ねています。
◎細川忠興、池田輝政、福島正則、黒田長政etc・・・・・・◎
ふむふむ・・・やはり旧豊臣派の重鎮ばかりですね。ちなみに、上記のような旧豊臣派の家臣たちは、お城の天守や御殿などは担当できず、これらの要所はかねてからの徳川派の家臣が担当しました。その中に、なんと、かの小堀遠州さんもいらっしゃいます。
仇敵の家臣たちに重要な城内の構造を知らせないためという意味合いもあったようですが、彼らは土台や石垣などの、ある意味ガチ体力(財力)勝負!なキツイ労役を課せられたということです。
>>「同情するなら金をくれ!」
ちなみに、諸大名は人手の手間賃、往復の交通費、滞在中の経費、石垣に使う石材などを集めての現地までの運搬費のすべて自腹。
家康様は、一銭たりとも出さなかったそうです。これ即ち、財政・人員ともに家臣たちの体力を消耗させる狙いがありましたが、ついつい
「同情するなら金をくれ!」(古・・・・・・)
と叫ばずにはいられない心境になっても仕方がないと思います・・・と、思わずにはいられない心境になりました。
ちなみに、そんな諸大名たちは愚痴をこぼさなかったのか?
というと、実はとっておきのエピソードが残されております。
とある任地での普請が終わった後、即刻別の任地での普請を命じられた福島正則が幼い頃からの遊び仲間の加藤清正に、
福島正則:
「今回もまた手伝えって・・・・・・もう地元かえるわ・・・激凹む・・・」
加藤清正:
「そんなことしたら、殺されんで!いやなら国に帰って、戦の支度しときや」
と愚痴をこぼし、清正はそんな彼をなだめたそうです。
謎の関西弁はご愛嬌として、同僚同士、心温まるエピソードに思わず、是非とも、二人で“青春アミーゴ”を歌って欲しいと思いました。
>>近藤勇の奥義には、先駆者がいた!
ちなみに、この加藤清政さんの特技は、拳を口の中に入れることだったのですが、どこかで聞いたことのあるエピソードではないですか?そうです、かの新選組の局長・近藤勇!かれは、加藤清正に憧れていて、彼の特技を真似たそうです。
☆名古屋城へ出かけてみよう☆
名古屋城の石垣には、“刻紋”と呼ばれる諸大名やその家臣たちが普請の際につけた、縄張り(お仕事?)証明ともいえる印が刻まれており、その種類およそ500以上!刻印を辿り、当時の仕事っぷりに思いを馳せるのも、また一興です。
交通手段:地下鉄名城線 「市役所」 下車 7番出口より徒歩 5分、鶴舞線 「浅間町」 下車 1番出口より徒歩12分。車の場合は名古屋高速1号楠線 「黒川」 出口から南へ8分
、名古屋高速都心環状線 「丸の内」 出口から北へ5分
2009年09月28日 19:02
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