2009/07/28

JIDAI MAP MEETINGおさらい

こんにちは! 時代MAP編集部の有田です♪

前回のJIDAIMAPMEETINGでは、東海地方出身の戦国武将「山内一豊」をご紹介しました。
山内一豊といえば、2006年の大河ドラマ『功名が辻』で知った方も多いのでは? 実は彼も東海地方出身者だったんです。

☆一豊ってどんな人物?☆
身長は150cm程で、太り気味、目が赤くて物言いが柔らかな人だったとか。大河で演じた上川隆也さんとは大違いな容姿……。でもそんな一豊も、いざ戦場では人が変わったように大声で、物言いもハッキリとしていたという、二面性の持ち主だったらしいですよ。

☆一豊は東海地方のどこで誕生したの?☆
愛知県岩倉市の岩倉城辺り、もしくは一宮市の黒田城後が生誕地と言われています。

岩倉城跡山内一豊誕生地碑
父・盛豊は岩倉城を拠点としていた岩倉織田氏の家老で、一豊はその城があった岩倉の地で生まれたという説が。城址には石碑が立っていて、城の北に位置する神明生田神社内に一豊の誕生地碑の石碑があります。

黒田城跡
盛豊が預かっていた支城「黒田城」で生まれたという説もあり、城址の石碑と、馬を曳く一豊少年の像が立っています。

☆一豊といえば“内助の功”☆
大河ドラマで仲間由紀恵さんが演じていた、一豊の奥さん・千代。彼女の活躍も、旦那様以上に(!?)有名な話☆ 例えば「笠の緒文」エピソード……。

関ヶ原の戦い直前、一豊は家康率いる会津討伐軍に参加していました。そんな折、大坂で人質だった千代の元へ、敵の石田三成から、家康を裏切り味方にならないかと言う手紙が届きます。中身を見なくても、手紙の内容を想像できた千代は、封をしたままの三成の手紙と、「家康に忠誠を誓うように」と記した自分の手紙を文箱に入れ、一豊の元へ使いを出します。その際、千代は「文箱開けずに家康に渡すように」と記した内容の紙をこよりにして、使者の笠の紐に織り込み、一豊にその手紙を先に読んでもらうよう指示しました。
一豊は、千代の手紙通り、文箱を開けずに家康に渡します。手紙を読んだ家康は、千代の手紙の内容と、文箱を開けずに自分に渡した一豊の行動から、夫妻の忠誠心をしっかりと確認し、一豊は家康から絶大の信頼を得ることに。それがきっかけにもなり、関ヶ原の戦い後、一豊は土佐20万石が与えられました!! 出世するには、お嫁さん選びも大事なんですね~。


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2009/07/13

☆JIDAI MAP MEETINGおさらい☆東海地方出身者の戦国武将に迫る!!~三英傑編

こんにちは! 時代MAP編集部の有田です。


今月のJIDAI MAP MEETINGは“名古屋ネタ”月間~☆ というわけで名古屋城ドーーン♪

先週は、東海地方出身の戦国武将・三英傑(さんえいけつ)のトリビアネタ&名古屋ゆかりのスポットをご紹介しました(o^―^o)

三英傑といえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の戦国武将を代表する、超有名なお三方!本州のほぼ真ん中に位置し、交通の要所でもあり、京も近く、古来より日本を統治する要衝として重要視されていた東海地方。三英傑以外にも、多くの戦国武将を輩出している土地なんです。

さてさて三英傑のトリビアネタ、まずは織田信長。彼は、「上司にしたい戦国武将ランキング」で堂々の1位を獲得したことが!! ビビるさんいわく、今でいう「超・ワンマン社長」な信長! ちょっとミスしたら、すぐに刀を振り回されそう……。

お次は、「サル」の愛称で信長に気に入られていた豊臣秀吉。でもでも、実は彼「サル」の他にも別に、「ハゲネズミ」とも呼ばれていたんだとか! そんな彼について、最近発覚したことが……。秀吉の死因説は諸説あるのですが、「秀吉の死因は脚気」という新説が、姫路の医師が名古屋大学の学会で発表されるそうですよ。

最後に、徳川家康。父・広忠は、今川義元への忠誠を示すために、家康(幼名は竹千代)は差し出され、今川領への道中、織田家に捕らえられました。信秀の元へ送られ、熱田を治める武家・加藤家に家康をかくまうよう命じ、堀に囲まれた羽城に幽閉されます。幼少時代は苦労が多かった家康、長い苦渋の時代を経て、後に天下人の栄光を獲得したのですね。

☆本日のMAP ☆
今回紹介した三英傑の名古屋ゆかりのスポットを紹介しましょう! まずは、織田信長……
万松寺
父・信秀の葬儀が行われた場所。喪主の信長は、髪の毛を茶せんの形に結い、湯帷子(ゆかたびら:袖なしの浴衣)、袴をはかないというなんとも異様ないでたちで、儀式の途中に入ってきました。そして、信秀の霊前で抹香(まっこう:粉末状の香)をわしづかみにして、位牌に投げつけたのでした! 信長関連のドラマなどでもよく登場する「焼香事件」はこの寺で起こったんですね~
MAPはこちら
万松寺公式ホームページ

続いて、豊臣秀吉……
豊国神社
秀吉の出生地とされる名古屋市中村区にある、中村公園の敷地内にある神社。秀吉を祭神として明治18(1885)年に創建され、出世や開運、茶道などにもご利益があるんだとか……。神社付近には「豊臣秀吉生誕の地」の記念碑があります。また、神社近くにある「常泉寺」には「秀吉の産湯に使われたといわれる井戸」が残されています。
MAPはこちら

最後に、徳川家康……
徳川家康幼時幽居地(羽城跡地:はじょうあとち)
上記で紹介した、家康が幼少の頃に捕らわれていた場所。
MAPはこちら

次回も引き続き、“東海地方出身の戦国武将”ということで、加賀百万石の基礎を築いた「前田利家」をご紹介しますよ!! お聴き逃しなくv(o´∀`o)v

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2009/07/06

JIDAI MAP MEETING、東海地区での初放送は「清洲越し」に迫る!!

こんにちは! 時代MAP編集部の有田です♪

今月から、東海地方でも放送が決定したJIDAI MAP MEETING!! 記念すべき第一回目の放送、皆様お聴きになられましたか♪(^▽^)♪ まずは、初めて聴かれた東海地区の方のために松岡編集長の「時代MAPシリーズとは!?」についての熱き語りでスタート(¬_,¬)b  

今月は、放送拡大記念ということで名古屋特集月間でございます☆ 気になる今回のトークテーマは、ズバリ「清洲越し」!

ん? キヨスゴシってなんぞや??

名古屋は、6万人の人や、屋敷や寺院などの建物、町名までもが、「清洲(現:清須市)」からまるごと引越ししてできたまちなのですが…… この「まちが丸ごとお引越し!!」のことを「清洲越し」といいます(^▽^) さらっと説明しましたが、この前代未聞で、とてつもなくでっかいお引越し、徳川家康の大・大事業でございました…… 

そもそも、なぜ清洲越しが行われたのか。清洲は尾張の中心に位置して、あの織田信長の拠点でもありました。そして、多くの武将達が居城を構えるなどして大都市に発展していった場所。

関ヶ原の戦いで勝利し、天下統一に王手をかけた家康は、尾張徳川家の初代藩主に九男の義直を擁立し、義直の尾張入りを機に清洲城を修理しようと考えました。しか――し!!平城のため籠城が難しく敵に攻め込まれやすい、更には、低湿地なので水攻めにあいやすいなどなど、デメリットな面が気になりました。

そこで家康が考えたのが、清洲よりも数十倍の広大な土地を持つ名古屋、その高台に築城。更には、街ごと引越しさせようということだったのです!! もうそれは、庭石や植木なども残さず、ほんとに丸ごと!! そして、町人たちが馴染みある清洲の暮らしを維持させ、引越しを嫌がらないようにさせるためにも、町名なども同じにしました。完了までに7年かかったんだとか……。

ちなみに清洲はというと、城内までもが田畑に耕されました。往時の様子は見る影もなく、その姿は「思いよらざる名古屋ができて 花の清洲は野となろう」と歌われたほどに、すっかりとさびれてしまったのです……

今回の放送は『名古屋時代MAP 江戸尾張編』でもさらに詳しくご紹介♪ 清洲越しだけでなく、家康が実際どのように名古屋のまちを形成していったのかも解説しておりますよ―よ♪ ぜひぜひ読んでみてくださいね(。´∀`) 

☆本日のMAP ☆
屋敷や寺院だけでなく、町名や橋の名前も移している「清洲越し」ゆかりのスポットを紹介しましょう。

五条橋
清洲の五条橋にかかっていた橋の名を受け継いでいる、名古屋市内を流れる堀川にかかる橋。

清洲櫓(西北隅櫓)
名古屋城の北西隅に建つ櫓で、清洲城の古材で建てられました。戦災の消失を免れて、当時の状態を見ることができる重用文化財。
※名古屋周辺地図※

次回も東海地方での♪放送拡大記念♪ということで、東海地方出身の戦国武将、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑に迫りますよ!! お聴き逃しなくv(o´∀`o)v

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