2009/03/16

☆JIDAIMAPMEETINGおさらい&予告☆

こんにちは、時代MAP編集部の有田です。 3月もすでに中旬にさしかかり、春はもうすぐそこですね! 今年の春は、色々な観光地へお花見に行く予定です。桜と伏見の酒! 最高の組み合わせですよね~、今から楽しみです。

さて、昨日は東山花灯路へ行ってきました! 日中に比べ、夜はまだまだ寒かったのですが、東山界隈は多くの観光客で賑わってました。八坂神社にはじまり、円山公園、知恩院、清水寺と、幻想的な散策路を歩きまわりました。


この行灯が道を灯りで彩ってくれていました


個人的に気に入ったのが、円山公園に展示してあった京都の芸術系大学や短大の学生さんによる灯りのオブジェの数々。色々な形の灯篭にしばし目を奪われました…… 

東山花灯路は今月22日日曜日まで開催していますので、みなさんも出掛けてみてはいかがですか? ライトアップされた寺社もとってもきれいでしたよ。
イベントの詳細はこちら→http://www.hanatouro.jp/


【JIDAIMAPMEETINGおさらい】
来年迎える平城京遷都1300年を記念して、「奈良時代」をテーマにお送りしている3月のJIDAIMAPMEETING。先週は「平城京」に都を還す前に、16年間都が置かれていた「藤原京」をご紹介しました。710年から794年まで日本の都として存在した「平安京」、そして江戸時代まで続いた「平安京」と比べるとかなり短命な都・「藤原京」。なぜこんなに短かったかというと……。

当時、中国の都造りをお手本に藤原京の都市開発を進めていったのですが、この時代、遣唐使を廃止していたので、お手本といっても中国の書物を参考にしていたそうなんです。後に遣唐使を再開させ、都造りにおけるリアルタイム情報を入手した結果、なんと、藤原京の都市造りはその当時の中国と比べて違うものだったです! というのも、藤原京の中心に位置する宮の場所は、都の中で低い位置にあり、天皇が見下ろされている地形になっていたのです。さらに、宮に向かって流れる川があったのですが、当時の川は生活物資の運搬の他に、生活汚水などを流す下水としての役割もあったので、京内に悪臭が漂うというかなり悪質な環境になってしまったとか。このような、要因が重なって、藤原京は短命で終わってしまったといわれています。甲子園球場の25倍という広大な都であった藤原京、少しもったいない気もしますよね……。


【JIDAIMAPMEETING予告】
次回3月20日(金)の放送は、やっと本題!? “710(なんと)きれいな平城京”に迫ります! みなさん、お聴き逃しのなく!

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2009年03月16日 15:35

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