2006/12/01

京の街は秀吉なくして語れない!?(2006/12/01更新)

こんにちは。編集部制作スタッフ吉村です。

先週は、時代MAPの新情報をお届けできず、
お待ちいただいていた皆さんには、がっかりさせてしまったのではないでしょうか。
今週からは、毎週更新し、時代MAPの案内と共に制作秘話も、もりもりお届けする予定ですので必ずチェックしてくださいね。

では、今回は「京都・観光文化時代MAP」安土桃山時代
についてご紹介します。

安土桃山時代といえば、皆さんは何を連想しますか?
私の場合は、「織田信長が天下統一を果たした時代」であり、
「豊臣秀吉が黄金の茶室を作った時代」という事が頭に浮かびました。この時代を象徴する2つの大きな流れですね。

では、豊臣秀吉が、今に繋がる京都の街をつくったというのはご存知ですか?

もともと「碁盤の目」ではあったのですが、
当時は正方形に区切られ、無駄な土地が余っていたのを
豊臣秀吉が小路を通し、今の短冊形の街をつくったのです。
私がよく買い物に行く御幸町通や、堺町通はこの時にできたそうです。さらには、城郭に茶室をつくったり、数奇屋建築などの建築様式の発展や、茶の湯や能楽などの文化を庶民に広めたのも秀吉です。
織田信長から「サル」と呼ばれていた秀吉は、
実はかなりの文化の達人であり、秀吉がいなければ、
もしかしたら今の京の街はなかったのかもしれません。

「京都・観光文化時代MAP」には、一般の観光書には書かれていない京都のルーツを多く知ることができます。
観光に訪れる人も、また、京都を案内する側の人も、
これまでとは違う京都を、是非まわりの人に教えてあげてください。

編集部制作スタッフ吉村がお伝えしました。

2006年12月01日 11:36

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